【国・チーム概要】
人口:約318万人 国土面積:約51,129平方キロメートル 首都:サラエボ 公用語:ボスニア語、セルビア語、クロアチア語
東南ヨーロッパのバルカン半島北西部に位置する共和制国家
ほぼ三角形の国土を持ち、国境のうち北側と南西側2辺でクロアチア、東側1辺でセルビア、モンテネグロと接する。クロアチア領ダルマチアに挟まれたネウムでごくわずかにアドリア海に面する
面積は、約 5.1万平方kmで、日本の1/7くらいの広さです
ボスニア・ヘルツェゴビナは、歴史的に多様な民族が共存と分離を繰り返してきた地域である
歴史的には、オスマン帝国やオーストリア=ハンガリー帝国の支配を受けた後、第一次世界大戦後にユーゴスラビア王国の一部となり、第二次世界大戦後はユーゴスラビア社会主義連邦共和国の構成国となった
しかし、1992年に独立を宣言すると、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発し、ボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人がそれぞれ民族ごとに分かれて戦った
一連のユーゴスラビア紛争のなかでも、スロベニアやクロアチアと異なり絶対的多数派が存在しなかったボスニア・ヘルツェゴビナでは内戦が泥沼化し、民族浄化を含む凄惨な戦いが行われた
1995年のデイトン合意により停戦が成立し、国家の枠組みが定められた
現在、ボスニア・ヘルツェゴビナはボシュニャク人とクロアチア人が主体のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、セルビア人中心のスルプスカ共和国の2つの構成体からなる連邦国家でもある
文化的には、東西ヨーロッパの影響が交錯し、イスラム、カトリック、正教の伝統が共存している
伝統的なボスニア料理は、トルコの影響を受けたものが多い
山岳国家のため肉料理が主である
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、旧ユーゴスラビア諸国の例に漏れず球技が非常に盛んです
サッカー、バスケットボール、ハンドボール、ウィンタースポーツ、バレーボール、テニス、格闘技などが人気のスポーツです
首都サラエヴォは1984年冬季オリンピックの開催地であり、ウィンタースポーツの伝統が根付いています
中でもサッカーは最も人気のあすスポーツです
代表チームが、2014年のブラジルW杯に出場した際には国中が熱狂に包まれました
エディン・ジェコなどの世界的スター選手も輩出しています
国内リーグは、 「プレミイェル・リガ」があり、FKサラエヴォやジェリェズニチャルといったクラブが熱狂的なサポーターに支えられています
ワールドカップへは今回含め3大会ぶり2回目の出場となります
FIFAランキング:71位(2025/11/19付)

【欧州予選】
欧州予選では、グループHに属し、5勝2分1敗でわずかにオーストリアにおよばずプレーオフに臨みます
ウェールズ、イタリアを破り本大会出場権を獲得しました
| 順位 | チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 勝点 |
| 1 | オーストリア | 6 | 1 | 1 | 22 | 4 | 19 |
| 2 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | 5 | 2 | 1 | 17 | 7 | 17 |
| 3 | ルーマニア | 4 | 1 | 3 | 19 | 10 | 13 |
| 4 | キプロス | 2 | 2 | 4 | 11 | 11 | 8 |
| 5 | サンマリノ | 0 | 0 | 8 | 2 | 39 | 0 |
| AUT | BIH | ROU | CYP | SMR | |
| オーストリア | - | 2-1 1-1 | 2-1 0-1 | 1-0 2-0 | 4-0 10-0 |
| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 1-2 1-1 | - | 1-0 3-1 | 2-1 2-2 | 1-0 6-0 |
| ルーマニア | 1-2 1-0 | 0-1 1-3 | - | 2-0 2-2 | 5-1 7-1 |
| キプロス | 0-1 0-2 | 1-2 2-2 | 0-2 2-2 | - | 2-0 4-0 |
| サンマリノ | 0-4 0-10 | 0-1 0-6 | 1-5 1-7 | 0-2 0-4 | - |
【欧州最終予選パスA】
2026年3月26日 イタリア 2-0 北アイルランド
2026年3月26日 ウェールズ 1(PK2)-1(PK4) ボスニア・ヘルツェゴビナ
2026年3月31日 ボスニア・ヘルツェゴビナ1(PK4)-1(PK1) イタリア
【主力選手】
サッカー男子ボスニア・ヘルツェゴビナ代表(ズマイェヴィZmajevi)は、ヨーロッパのトップリーグで活躍する選手たちがチームの核となっています
エディン・ジェコ Edin Džeko (ドイツ:シャルケ04) FW 1986/3/17生 193/80
40歳を迎えてもなお、代表の象徴であり絶対的なエース兼キャプテンです
エルメディン・デミロヴィッチ Ermedin Demirović (ドイツ:シュトゥットガルト) FW 1998/3/25生 185/84
現在の代表攻撃陣において最も市場価値の高い選手の一人です
ベンヤミン・タヒロヴィッチ Benjamin Tahirović (デンマーク:ブレンビー) MF 2003/3/3生 191/82
若くして中盤の底でゲームを組み立てる能力に長けた新世代の司令塔です
アミル・ハジアフメトヴィッチ Amir Hadžiahmetović (イングランド:ハル・シティ) MF 1997/3/8生 179/71
豊富な運動量と高い技術を兼ね備えたセントラルMF 攻守のバランスを取る要として定着
セアド・コラシナツ Sead Kolašinac (イタリア:アタランタ) DF 1993/6/20生 183/85
経験豊富なDF 強靭なフィジカルを活かした対人守備が武器
アマル・デディッチ Amar Dedić (ポルトガル:ベンフィカ) DF 2002/8/18生 180/74
両サイドをこなせる若手サイドバック 攻撃参加の質が高く、欧州のビッグクラブからも注目されている有望株
ニコラ・ヴァシリ Nikola Vasilj (ドイツ:ザンクトパウリ) GK 1995/12/2生 193/86
現在の正守護神 ドイツの1部昇格にも貢献した安定感のあるゴールキーパー
【チーム特徴・注目度・展望】
前回出場の2014年大会では、グループF組に属し、
2014年大会 対アルゼンチン戦1-2 対ナイジェリア戦0-1 対イラン戦3-1 1勝2敗 グループ3位で敗退
今大会では、カナダ、スイス、カタールと同じグループB このグループを突破して歴史を塗り替えることが最大の目標となります
ジェコ(193cm)、タヒロヴィッチ(191cm)、ヴァシリ(193cm)など、攻守の要に大型選手が揃っています
この高さを活かしたセットプレーや空中戦は欧州屈指の脅威です
絶対的エースのジェコがターゲットマンとなり、その周囲を運動量豊富なデミロヴィッチが走り回る形が確立されていて、デミロヴィッチの「泥臭い仕事」がジェコの得点力を最大限に引き出しています
コラシナツやジェコといったベテランの経験値と、デディッチやタヒロヴィッチといった若手の勢いが噛み合い、イタリア戦のように、格上相手でも粘り強く戦い、PK戦やワンチャンスをモノにする勝負強さを見せています
40歳となったジェコは依然として不可欠な存在ですが、彼が封じられた際や、連戦による疲労蓄積時のプランBが課題で、彼に代わる決定力を持つ選手がまだ育ちきっていません
大型でフィジカルの強い選手が多い反面、小柄で俊敏なアタッカーに対する「スピード勝負」で振り切られる場面が見られ、イタリア戦でも、背後のスペースを突かれるシーンが散見されました
中盤に技術のある選手はいますが、強豪国を相手にゲームの主導権(ポゼッション)を握り続ける力はまだ不足しています そのため、守備に回る時間が長くなり、精神的・肉体的な消耗が激しくなる傾向があります
【備考】
ボスニア・ヘルツェゴビナ出身で、日本で最も有名なのは、元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム(Ivica Osim)でしょう
サラエヴォ出身で、旧ユーゴスラビア代表の最後の監督であり、日本でもジェフユナイテッド市原・千葉、日本代表で監督を歴任するなど、世界各国で豊富な指導歴を持つサッカー指導者です
日本サッカー界に多大な影響を与えた「知将」として今なお深く愛されています
試合後のオシムの記者会見や雑誌、新聞等に語られる彼の言葉は非常にウィットに富んでおり、オシム語録として語られます
オシムは一部マスコミにとっては「インタビュアー泣かせ」の取材相手でしたが、真摯な質問者に対するオシムの対応は、往々にして丁寧でした
スポーツジャーナリスト以外への受け答えは温厚でありながら、非常に慎重で、これはオシムが各所で語っているとおり、かつて経験したユーゴスラビア内戦の時期に「マスコミが戦争を始めさせる」という様を見せ付けられてきたことに起因するものである
オシム語録の一部
「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 要は準備が足らないのです」
「考えて走る。走りながら考える。」
日本サッカーの代名詞ともなった言葉
ただ走るのではなく、常に周囲の状況を把握し、インテリジェンスを持ってプレーすることを求めました
「リスクを冒さないこと、それが最大のリスクだ。」
失敗を恐れて消極的なプレーをすることが、結果として最もチームを危険にさらすという教えです
「規律のないチームに成功はない。しかし、規律だけでも成功は得られない。」
組織としてのルールを守ることは大前提ですが、それだけではクリエイティビティ(創造性)が生まれないという
バランスの難しさを説いています
「サッカーは人生そのものだ。いい時もあれば、悪い時もある。大切なのは、悪い時にどう立ち振る舞うかだ。」
苦境に立たされた時こそ人間の真価が問われるという、彼の激動の人生(ユーゴスラビア紛争など)から
滲み出た重みのある言葉です
「日本サッカーを日本化する。」
ブラジルや欧州のコピーではなく、日本人の俊敏性や勤勉さを活かした「独自のサッカー」を追求すべきだと主張
「アイデアの無い人間もサッカーはできるが、サッカー選手にはなれない」
「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、まったく成長していないのでは?」
記者から、初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変わったかと問われ
「一生懸命探すニワトリだけが餌にありつける」
「追いつこうと思うから離されるのだ。追い越そうと思わなければ、追いつくことさえできない。」
彼は「日本サッカーの日本化」を掲げましたが、それは「欧州に追いつく」のではなく、
「日本独自の武器で欧州を追い越す」道を探せ、というエールでもありました